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2014/04/02

毎年4月2日は「世界自閉症啓発デー」

昨日テレビを観ていて、今日の4月2日の17:30から、徳島駅前で啓発のビラ配りをすると知りました。で、出掛けてみました。啓発デーのこと、まず知らなかったので。

この写真は、配る方が首から下げるポスターかな?集会場所のベンチにありました。

一応、撮影の許可は取ったけれど、「ブログに載せたいから」なんて、恥ずかしくて言えなかった…いいのかな?撮影は「啓発のためのですからどうぞ」って言ってくださったから、これもよしとしよう!

ビラ(冊子?)を受け取って、配る様子を数分見させてもらいました。あんまり受け取ってくれない…。自分も以前、演劇鑑賞会の手伝いでビラ配り、やったことあります。難しいです。でも、受け取ってくれた、その何人かが考えてくれたら、ね!

2014/03/28

今まで書けなかった「ある人」のこと

ブログを持って、ずっと書こうとして書けなかったある人のことを、書いてみようと思います。

先日、300記事という節目がありました。が、実はこの「書けなかった」こと絡みの、愚痴だらけの数記事は、上げた後削除してしまっていたのでした。

3月は、季節の変わり目ということで、例年調子が悪いのですが、背中を押すのが、数年前の3月のある別れでした。ちょっとしたことで、その人との別れを思い出すと、子どものように落ち込むのです。

性別やら、自分との関係等、全て詳しくは書けませんが、何年か前、若い知人ができました。

その人とは、とにかく話が噛み合いませんでした。最初は、シャイな若者と、おばはんとが噛み合う方がおかしいのだから、と流していましたが、違和感はどんどん大きくなっていきました。

話の間合い・内容がその場にそぐわないことが多く浮き上がってしまう、話し方に抑揚がない、相手の目を見ての会話が苦手そうだ、変化に弱い、人の顔を憶えるのが極端に苦手のようだ等…もしかしたら?いや、素人が軽々しく判断など…。




3年前の3月、東日本大震災直後のことです。その人との別れは、本人が多くを語らないだけで、この時点でもう分かっていました。

自分は他の人と「被災地は寒いでしょうね」「大変でしょうね」という会話を交わしていました。そこへ、その人が口を開きます。

「ロシアでは、マイナス10℃くらいでは寒いとは言わない。マイナス30℃くらいになってやっと…」と、滔々と、かつ淡々と語りました。語り終えた時、ふっと息を吐きます。聞く二人は、言葉を失っていました。

「寒い」という単語だけに反応したのでしょう。その単語に関する知識の抽斗を開けて見せてくれた。それを「やり終えた」ことの満足げな吐息。

しかし、語りはあまりにもそぐわなかった。そして周囲の私達の感情を波打たせたことに、気付いたのかどうか。この人との別れの一因は、やはりこの特性にあるのか…?

涙が出ました。この人は、もしかしたら自分ほどに、それ以上に苦労するかもしれない。「可愛げ」「同質性」「(予定された)共感能力」を強いるこの世間で。

誰とでも話せ、そこそこ愛嬌もあり、うまく自分のペース持っていく力に長けている。しかし、「『コミュニケーション能力』に優れている」と言うには、同時に持ち合わせて欲しい気遣いには欠け、怠惰。ただ暑苦しい「同質性」「共感」のみを強い、場を支配する。そんな人を3月に見ると、いつもよりむかむかします。「世間」という奴は、あの若者よりも、こんな人の方をまだ「まし」と見なすのだろうな、と。

あの若者に抱いた違和感と、そもそもの自分の特性から、発達障害と、その支援に関心を寄せるようになった者の愚痴でした。

もうすぐ4月。ぐだぐだとした愚痴を振り切って、少し、進みます。

2014/02/15

アンテナを張ってないと人は見えないものが多いのを実感

昨日は徳島市も大雪でした。昼過ぎまで降っていたのですが、べったりとした雪で幸い道路には積もらず、夕方の路面は雨の日のそれのよう。家の前は注意が必要でしょうが、今日の凍結の心配はないかも、と。良かった。

最近、とんとパソコンからの更新をしなくなり、形は立派にモブロガー。HTMLやCSSの知識が皆無に近いため、ブログサービスの投稿エディタが使いこなせない、言わば消極的理由が大きいのですが、そもそもが「最近『モブログ』ってのが盛り上がっているな」と興味を持ったから。でも、よく訪れるブログがまさにモブログであり、しかも同じブログサービスを使っていた…何をぼぉっとしていたのだろう?

真☆煩悩の赴くままに

自分が主に使用しているのは「Moblogger」と「ThumbEdit」の二つですが、ちゃんと紹介記事があったのですよ。「あ、そう言えばオレンジのアイコンのアプリあったじゃないか!」…今になって思い出してます。

意識しないと見えないものは多い、意識しないと情報は入ってこない…そして、意識するとパァッ!と見えてくることがある。人間って不思議です。いきなり重くなりますが、強く実感したのは、この記事から。

パパは発達障害だった |iに生きるライオン

ちょっと泣いてしまいそうに…それまで無自覚だった人が、診断名を得てからパァッといろいろなものが見えてきて、「すとん」とくる、この感覚。

それにしても、「発達障害」の語は近年流布したように思っていたのだけれど、まだまだ認識されていないのを、ここから知りました。自分が(少しは)知っていることは、周囲もそうな筈、の思い込みも人間ならではなのかも。

2014/01/26

ブログを読んで思い出し、また強くした想い

新聞のテレビ欄を見たら「歌舞伎『忠臣蔵九段目 山科閑居』」とありました。中村魁春は戸無瀬か…あぁ坂田藤十郎がいるから小浪かな…?

独り言は置いといて。

@donpyさんのネオどん速で紹介されていた、こちらの記事

鉄オタも驚愕、埼玉のリアル過ぎる「鉄道画家」 車輪の質感、線路の砂利……

@monochrさんの[箱]ものくろぼっくすでの、こちらの記事

『iPhoneアプリ開発講座@大阪』に参加して、想いを伝える道具を増やす!

を読んで思い出し、また強くした想いがあったので記します。

一切の下書きなしに、記憶のままに緻密な鉄道画を描く埼玉県の福島尚(ひさし)さんは、自閉症(たぶんサヴァン症候群でしょう、タイプは違いますが、ドラマ「ATARU」で中居正広さんが演じたアタルが記憶に新しいですね?)。絵の素晴らしさから世間の注目も増えたが、これまでの道のりは平坦ではなく、また将来も不安だと父・清さん。しかし、将来が不安なのは健常者も同じ。息子自らが才能を見出したこと、その絵を喜んでくれる人がいて、そのことで社会参加ができていることを喜ぶ両親の、尚さんに向ける目は優しく、家庭は温かな雰囲気だという、この話。

生きづらさから、自分は自閉症を含む発達障害のスペクトラム-ここまでが「健常者」、ここからが「発達障害者」、というきっかりした境界線はなく、虹のようにグラデーションになっている、というような考え-にいると考えた時期があったのを思い出しました。いや、その考えは今もそう変わっていないのですが、そうだとして、またそうでなかったとて、できるだけ生き易くなる、自己肯定感を持てる生活の工夫をしていこう、と日々暮らしています。その大きな役目を担ってくれているのはiPhoneで。

そこに@monochrさんのiPhone(アプリ)に向けたこの一言が。

たくさんのアプリを使うことで、可能性が増えて楽しめています。アプリを使うだけでなく、作る事ができたら、どうなんだろう?

可能性が増えますよね!そこからまたアプリを作ってみたい、となるのが凄いところです。自分は助けられて、自己肯定感が少しでも高まるまでを目指すが精一杯。

実は昨秋にも、いやそれ以前にもiPhoneを持ちたいと思った経緯や、期待する想いを繰り返し書いています。デバイスとアプリを使った支援等の勉強もしたいのですが、手を拡げ過ぎても…なのですよね。支援に寄せる想いも中途半端なのが気になる。

こういった想いからiPhoneを手に取りたいという人間もいるよ、デバイスとアプリで支えられる人は多いんじゃないかな?ということを、微力ながら知って欲しくてまた書きました。そして、不器用でITリテラシーのない人間なりにiPhoneをどう使っているか、もっと書いたっていいかも、とも。支援等の勉強は、そこからでしょうか。

この記事は、ほとんど初めて「Moblogger」で書いてみました。半日、ぜぇぜぇです。そして、自分でも捏ねくって読みにくくて!もし、お読みくださった方がいらっしゃいましたら、ありがとうございます。

2013/01/20

屈託ない人を見ると「この人はやはり『定型』?」と考える癖

虫が大好きtsurusukeです。だいぶ前に見かけて「大丈夫かな?」と思っていたアゲハチョウの蛹がちゃんとあって、嬉しくなり撮りました。塀とか壁とか、どうしても人目に…なので、無事冬を越して羽化して欲しい。

これを撮る前、ガソリンスタンドに灯油を買いに行っていました。自販機前に自転車を停めると、店員の青年が。操作でまごつく人が多いのでしょう、ニコニコ感じよく説明してくれました。「帰り気を付けてくださいね、この間お爺ちゃんがね…」と気遣ってもくれたりで、変な言い方、全然無理がない。自分を嫌う、なんて屈託などなさそうな…「君は『定型』なのかね?」と思う自分がいました。

自分はいくらか発達障害を疑っている人間の一人です。だから「『定型』とは?『非定型』とは?」と考える癖がついてしまって。まぁ、そんな単純な割り切りはできないと分かってはいるのですが。

発達障害の概念を知ったのはいつだったか。最近「自分(のこの生きづらさ)は『発達障害』では?」と、医療機関を受診する人が増えた、というような記事を目にしたのですが、そうでなくてもスペクトラムにいる、グレーゾーンにいるのではないかと思っています。誰だって生きていれば辛いことはありますよね、特に対人面で。それ以前に自分との付き合い方、取り扱いからしてまず辛さがある、このためです。

ただ、診断名は欲しくない。自分でも使えそうな発達障害支援をかじって、いくらかでも楽しく過ごせたら、というスタンスです。自分の取り扱い方をおぼえて、少しでも嫌いにならないように…。

深刻な悩みを抱える当事者の方からしたら腹が立つような気楽さなのは容易に想像できます。でも個々の「違い」をなかなか受容してくれない世の中で、他人とどうも違っている、うまくいかない、という事実は、やはり辛い。「一人ひとり違っていて当たり前だよね」な世の中になるのを祈りつつ、いろいろと調べたりやってみたりを続けます。

2012/10/13

発達障害支援アプリ

富士通から昨日出たらしいけど、Google Playゴチャゴチャしてて訳判らない…。で、「特別支援 スマホアプリ」で検索かけると、「感情」「タイマー」は探せたのでインストール。どんなのか早く見たい。

2012/10/09

生きていくことが苦手

「ハートネットTV 」で二夜連続の特集、初日を観た。発達障害当事者の「苦手」について。

ADHD・アスペルガー症候群当事者で、NPO法人代表の女性の発言に、そうそう!とうなずく。


私も自称「日常生活が苦手な女」なので、刺さりました。安易に「わかる~」って、やっていい話じゃないかもしれませんが。

2012/07/17

Togetter―発達障害者ONLYの職場で能力全開で働く人たちのこと―を読んで

デンマークの発達障害者onlyの会社「スペシャリスターネ」って、こんなかなぁ?と思ったりした。

「仕事」以外のこと―場の空気を読むとか、人の機嫌を窺うとか―で疲れてしまうのが大嫌いなので、素晴らしいと思ったが、「自分にはそんな偉そうに言える突出した能力なんてないなぁ…」とも。発達障害当事者も、こう考える人がいるのではないかな。

本当なら上司がすごい。とにかくすごい。

2012/06/06

あっとオーティズム

夕方のニュースで「あっとオーティズム」というNPO法人を知った。ちょっと調べようと思う。

2012/05/02

徳島県立みなと高等学園に視察申し込みが

先月28日付の徳島新聞に「発達障害支援のみなと学園 視察申し込み相次ぐ」の記事。やはり西日本の教育委員会や高校の関係者が多いそうですが、視察第一号はなんと韓国のボーイスカウト全国組織の指導者たち。なんかやっぱりすごいです、韓国。

しかしそもそも、全国でも例を見ない先進的な支援学校が、この田舎の徳島にできたということがすごいしびっくりだったりします。ここから調べてみなければ。

2012/05/01

戦略的に動いてみたくなった

ときどき訪れるブログに狸穴猫さんの「アスペルガーライフblog」があります。彼女はアスペルガー症候群の当事者であり、その記事は当事者のことはもちろん、定型発達者への分析も鋭くていつも感心させられています。

先日の記事は「戦略的であるということ ‐ 自閉者はまじめすぎる」。定型発達者であれば、ごく当たり前に戦略的に動けるけれど、アスペルガー症候群などの発達障害者は「バカ真面目」なため苦労をし、下手をすると鬱などの二次障害を引き起こしてしまいがちだ、というものでした。バカ真面目…自閉圏にあるかどうかは別として、これって自分のことでは!と、目から鱗。先日も「あなたは真面目」と言われたばかりだけれど、この「バカ真面目」って表現は本当にストンときます、さすが狸穴猫さん!!

次回は「バカ真面目」の根本を、もっと突っ込んでくれるそうです。それも楽しみですが、今回の記事で「自分はどうも『バカ真面目』という人間であるらしく、報われないがために周囲を呪ったり、自分を責めたりしがちなのだ」と気づかせてくれたのは大きな収穫。自分のことがわかったら、あとは戦略を練って動いてみること、ですね。

2012/04/16

徳島県立みなと高等学園

先日、職場で「みなと高等学園って、水産高校?」という話が出た。う~ん、もっとも。でも実はこの学園は今春開校した、発達障害のある高校段階の生徒を受け入れ教育する全国初の特別支援学校。3年間で、どれだけ社会的・職業的自立に向けた専門教育を行うことができるのか注目です。

2012/01/30

意地の悪い人は

発達障害当事者のブログをよく読みます。それで思うのは、彼らに意地の悪い人はいないな、ということ。

意地の悪い(底意地悪いのももちろん)人って、だから「定型発達者」なのだろう。素人考えですが、そう思います。じゃあ「定型」って一体…?